本物のバレンジア 第2巻
本物のバレンジア 第2巻
著者不明
バレンジアとストローは貧民街に安い部屋を借りて、リフテンで冬を越すことにした。バレンジアは盗賊ギルドに入ろうとしていた。好き勝手に盗みを働いていてはいつか面倒なことになるとわかっていたから。ある日、盗賊ギルドの名の知れたメンバーのひとりと酒場で目が合った。若さあふれるカジートで、その名をセリスとい った。ギルドに紹介してくれたらあなたと寝てもいいわ、とバレンジアは声をかけた。セリスは彼女を見つめてから笑みを浮かべると、いいとも、と言った。が、まずは儀式をこなすのが先決だとも言った。
「どんな儀式なの?」
「ああ」と、セリスは言った。「前払いでたのむぜ、かわいこちゃん」
(この一節は神殿によって検閲を受けている)
ストローに殺される、たぶんセリスも。いったいどういう気まぐれでこんなことをしてしまったのか。バレンジアはおどおどした目つきで部屋を見渡した。だが、他のパトロンはとっくに興味を失って仕事に戻っていた。知らない顔ばかりだった。彼女とストローが泊まっている部屋ではなかった。運がよければ、しばらくはストローにばれずにすむかもしれない。あわよくば永遠に。
***
バレンジアはセリスほど刺激的で魅力のある男には出会ったことがなかった。盗賊ギルドのメンバーに求められるスキルについて教えてくれるばかりか、そうしたスキルの稽古もつけてくれた。あるいは、稽古をつけられる人物を紹介してくれた。
その中に、魔術に詳しい女がいた。カチーシャは貫禄たっぷりに肥えたノルドで、鍛冶屋の妻として二人の十代の子供をもうけており、派手さはないが尊敬すべき女性だった。だたし、とにかく猫が好き(論理的に考えれば、その人間版であるカジートも)で、いくつかの魔法の才能があり、変わった友人が多いという特徴はあったが。彼女はバレンジアに透明化の呪文を教えて、隠密行動や変装の技法をいくつか仕込んだ。魔術の才能と魔術のいらない才能を好きなように組み合わせて総合力を高めるということもやってのけた。盗賊ギルドのメンバーではなかったが、セリスのことは気に入っていた。どことなく母性がくすぐられるのだろう。バレンジアは彼女のことが好きになった。女性に対してそういう気持ちになるのは初めてだった。それから数週間かけて、自分のことを洗いざらい彼女に話した。
バレンジアはストローを連れていくこともあった。ストローはカチーシャには好感を持ったが、セリスとは馬が合わなかった。セリスはストローに興味がわいたらしく、バレンジアに「スリーサム(注釈: 三人による乱交のこと)」をしないかと持ちかけた。
「絶対にいやよ」と、バレンジアはきっぱりと言った。セリスがこっそりとその話題を切り出してくれたことに、このときばかりは感謝した。「ストローは楽しめないわ。私だってそうよ!」
セリスはとっておきの猫笑いを三角形の顔に浮かべて、椅子の中でだらしなく手足を投げ出し、屈伸運動をして尻尾を丸めた。「きっと驚くだろうに、ふたりとも。ただの交尾ってのはどうにも退屈でね」
バレンジアはにらみつけることで応じた。
「ひょっとすると、君のあのいなかっぺの彼氏だから楽しめないのかも。おれの友人を連れてきてもいいかい?」
「よしてよ。私に飽きたんなら、お友だちと別の女をたらしこめばいいじゃないの」バレンジアはすでに盗賊ギルドのメンバーになっていた。入会の儀式を終えていたのだ。セリスには使い道があるが、どうしても必要というわけでもない。彼女もまた、セリスにちょっと飽きているのかもしれなかった。
***
バレンジアは男のことで抱えている問題についてカチーシャに相談してみた。あるいは、バレンジアが問題だと感じていることについて。カチーシャはかぶりを振って、体の関係ではなく愛を求めなさい、と言った。あなたにぴったりの男は会ったときにピンとくるわ、ストローもセリスもあなたにぴったりの男じゃないのよ、と。
バレンジアはけげんそうに小首をかしげた。「みんな言うわ。ダークエルフはいん、いん、いんばいだって」言葉の選択が合っているのかどうかはあやふやだった。
「淫乱って言いたいのね」と、カチーシャは言った。「もっとも、ダークエルフの淫売もいるでしょうけど」と、後から思いついたように続けた。「若いエルフはみんな淫乱なの。でも、大人になれば卒業することよ。ひょっとしたら、あなたも卒業しつつあるのかもね」期待を込めて言った。バレンジアには好感を持っており、どんどん好きになっていた。「けど、素敵なエルフの若者と会ってみるべきね。カジートや人間とつるんでばかりいたら、あっという間に妊娠しちゃうわよ」
バレンジアは想像するうちにほくそ笑んでいた。「楽しいかもね、それも。でも、きっと重荷になるで しょう? 赤ちゃんは世話が焼けるもの。それに自分の家だって持ってないし」
「あなたいくつなの? 17歳? そういうことなら、妊娠するようになるまでにはあと一、二年あるわね。よっぽど運が悪いんでなければ。その後でも、エルフとエルフのあいだには子供ができにくいのよ。だから、エルフと付き合っていればその心配はないと思うわ」
バレンジアは他のことを思い出した。「ストローが牧場を買って私と結婚したいって」
「それがあなたの望みなの?」
「ううん、今はまだ。いつかはそういう気になるのかもしれないけど。いつかはね。けど、そんなことより女王になりたいの。ただの女王じゃないわ、モーンホールドの女王に」と、バレンジアは決然と言った。意固地になっているようにすら聞こえた。あらゆる疑念を振り払おうとするかのように。
カチーシャは最後の発言については聞き流すことにした。彼女のたくましい想像力を微笑ましく思い、健全なる精神の証だろうと受け取った。「ベリー、その『いつか』がやってくる頃には、ストローはきっとお爺ちゃんになってるわ。エルフの寿命はとっても長いから」カチーシャの顔にうらやむような、ねたむような表情がちらついた。エルフが神より授かった千年の寿命について考えるとき、人間はそういう顔をする。確かに、疫病やら暴力やらで命を落とすエルフも多いため、実際にそこまで生きられるものは少ないだろう。それでも、可能性はある。本当に千年生きたというエルフの話もちらほら耳にする。
「お爺ちゃんも好きよ」と、バレンジアは言った。
カチーシャは笑い声をあげた。
***
バレンジアは気ぜわしげに身をよじった。セリスが机の書類をていねいに並べていたのだ。徹底的かつ几帳面に、ひとつ残らず元あった場所に戻していった。
二人は貴族の屋敷に押し入ったのだった。ストローには見張りとして外に残ってもらっていた 。セリスが言うには、ちょろいヤマだが密やかに進めたいとのことだった。他のギルドの仲間も連れてこないようにと釘を刺していたほどだった。バレンジアとストローなら信頼できるが、他のやつはだめなんだ、と。
「探してるものを教えてよ、見つけてあげるから」バレンジアは急かすようなささやき声で言った。セリスは彼女ほど夜目がきくわけではなかった。しかも、どんなほのかな光でも魔法で灯してはいけないと、彼は前もって告げていた。
これほど贅を散りばめた場所に足を踏み入れたのは初めてだった。彼女が少女時代を過ごしたスヴェン卿とインガ夫人のダークムーア城など比べものにならなかった。バレンジアはごてごてと飾り立てられた音の反響する階下の広間を通り抜けながら、驚きに満ちた視線をあちこちに投げかけた。が、セリスの興味は上階の本に埋もれた小さな書斎にある机だけに向けられているようだった。
セリスは怒りもあらわに指を唇にあててみせた。